【Bisiness】忠実な部下、もの言う部下

査定・評価は難しいというお話
私は「部下」という言葉は好きではなくて、普段はほとんど使いません。
いままで、年上の方や自分よりも組織での職歴が長い方が担当組織のメンバーだったことが多く(というか、ほとんどそうでした)、メンバーにはいつも教えてもらったり、助けてもらったりしていたからです。

おかげで、優しい(甘い)求心力の無いマネージャになってしまった感があります。
一時、それではいけない、厳しく指導しなければ・・と思いつつ、自分には厳しいマネジメントは合わないと思い、今に至ります。

「厳しい」というのは、主に態度のことで仕事の内容は自分では厳しいこと(難易度の高い仕事)を部下に求めて、成長を促していると思っています。

今回は一般的に上司が部下を査定評価するお話なので、分かりやすく「部下」という一般的に使われる言葉を使わせていただきます。

ちなみに普段は「部下」という言葉を使わず、「仕事仲間」「同僚」「メンバー」などの言葉を使っています。

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忠実な部下

自分の部下というよりも、他人の部下にこのようなタイプがいると気になります。
今までたくさん見てきました。

●良い点

良い点はなんといってもマネージャが責任を持って進めていることに前向きに取り組んでくれるので、成果が出やすいということです。優秀で(優秀の定義はまた難しいので別途ということで)仕事に対する考え方も一致し、方針や目標、指示内容について深く理解をしている場合、文句なく良い評価になるでしょう。

●悪い点

評価されるために、ただ言うことを聞いて言われた通りに動くタイプ。今回一番言いたいことは、このタイプを見極めることがマネージャの力量と言っても過言ではありません。考えずに指示された言葉の通り仕事をするのは、その時は上司にとってもありがたいことですが、その人がマネージャになった時、その上からの指示をただ下に流すだけになりがちです。それでは、中間管理職の存在意義がありません。仕事に対する自分の考えや意志を持たないまま昇進することになります。この場合その時の部下が大変苦労をします。

もの言う部下

何かとつっかかってくる部下、いますよね。
なんでわかってくれないんだろう、どうしていちいち反論してくるのだろうと悩むものです。しかも、直接言ってくれるとありがたいのですが、陰で意見していたり、わざと聞こえるように遠くで言ってたり。本当に腹が立ちます。

人間同士、必ずウマが合う仲間と一緒に仕事ができるとは限りません。どちらかというと必ず合わないメンバーがいるものだと思っています。

この場合も大きく2通りに分類されます。

●良い場合
 例えば若い技術者で表現が不器用な場合があります。その場合は態度が悪く見えて頭にくるのですが、優秀で将来性があることが多いです。自分の意志・意見を持っていたり、自分なりに勉強して考えがあるので、我慢して聞いてあげると良い方向に行く場合があります。自分とは合わなくても違う上司の下では活躍するかもしれません。自分の子供だと思って育成する気持ちで評価してあげるべきでしょう。

●悪い場合
 考えが凝り固まっているただの評論家・批評家の場合は一筋縄ではいきません。もの言うだけで自分でこうすべきとか、育成の余地があるのであれば、仕事に対するスタンスを変えてもらうように地道に説得してみることです。それでも変わらず、評価もされずに歳を重ねてしまう場合があります。周囲の部門にはもっともらしいことを言ってネガティブキャンペーンしたりするのでますます手に負えなくなります。できる範囲のお仕事で活躍していただくしかありません。知り合いの人事の方曰く、日本の会社はこの手の社員を解雇できないのが辛いところだと言っていました。

【misc】腹の立つ相手

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腹の立つ人、性格が合わない人、周囲にいませんか。

私は何度か職場が変わっています。異動だったり出向だったり、転職したりとその都度、仕事をする仲間や 関係者が変わりました。そして、必ずと言っていいほど性格の合わない人がいます。そのような人が会議やメールで私の考えと全然違うことを言ったり意見、批判をされると、やはりカチンと頭に血が上ります。

 「なんでそんなこと言うのだ」

 「どうしてそういう言い方(書き方)になるんだ」

昔はよく怒っていました。
しかし、怒っても何も良いことはないです。
言いたいこと言ってやった、という一瞬の達成感のみ 

最近はそういう時によくシミュレーションをします。
冷静に相手の立場、気持ちになって、考えるようにします。
こう返したら、どう思うのだろうか
こう言ったら、どういう返事がくるだろうか

そうすると意外に相手の言っていることは間違っていなかったり言葉と考えていることが違っていて表現で誤解をしていたりすることがわかるときがあります。また、相手に対して嫌悪感を抱くのは、相手に「自分と似ているところがあるから」だとも思います。

なぜか人間は自分と似ている相手の嫌なところに対して。ひどく嫌悪感を抱くものです。でも、冷静に考えると自分も同じようなことをしているかもしれないのでストレートに否定はできないはずです。

でもでもでも、わかっていてもなかなか許せないんですよね。
合わない人は合わない。カチンときちゃいます。
できるだけその感情をコントロールできるようになろうと努めます。

【word】「名こそ惜しけれ」・・鎌倉武士起源の日本人の倫理観

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「名こそ惜しけれ」とは壇ノ浦の戦いを描いた「平家物語」の一節です。

「天竺震旦にも、日本我が朝にも、並びなき名将勇士といえども、運命尽きぬれば力及ばず。されども名こそ惜しけれ。東国の者どもに弱気見すな。いつの為にか命をば惜しむべき。いくさようせよ、者ども」

恥ずかしい行いや卑怯な振舞いは自分自身を辱めるものである、鎌倉武士の精神が、その後の日本人の考え方・生き方の大きな礎となり今日にいたっています。

日本史が、中国や朝鮮と異なる文化風習の歴史をたどりはじめるのは、鎌倉幕府という、素朴なリアリズムをよりどころにする”百姓”の政権が誕生してからである。私どもは、これを誇りにしたい。彼らは、京の公家や寺社とはちがい、土着の倫理を持っていました。

「名こそ惜しけれ」

司馬遼太郎氏は、その著書の中で「名こそ惜しけれ」という考え方が日本人の倫理規範の元になっていると述べています。「自分という存在にかけて恥ずかしいことはできないという意味」であり、武士道として日本人ルーツとなり背景となる心の持ち方です。

はずかしいことをするな、という坂東武者の精神は、その後の日本の非貴族階級につよい影響をあたえ、いまも一部のすがすがしい日本人の中で生きている。(『この国のかたち』)

 ——自分の名を汚すような、恥ずかしいことはするな。

この単純明快な思想は、平安中期に、のちに”武士”と呼ばれる開墾農民たちの間に生まれました。「名」は自分自身の存在そのものであり、生きざまを映すもの。だからこそ、その名を汚してはならじ、その名において誇り高く生きるべし、と考えたのです。

人間の芸術品

鎌倉武士の精神はその後、戦国時代、江戸時代と受け継がれてきました。例えば、薩摩島津家は特色ある家風を持っていました。名君を多く産み、幕末に西郷隆盛や大久保利通を輩出した薩摩藩。

島津家は、とくに鎌倉の風を慕った。とくに戦国から江戸期にかけ、意識して家士を教育し、鎌倉風に仕立てた。たとえば、島津の家中にあっては捕吏は無用といわれた。罪をえた者が、捕吏が向かうより早く、縄目の恥を避けて自刃した、というのである。(『この国のかたち』)

罪人が明るみなってそれを晒されるくらいなら、死して責任をとるか無実を訴えたということでしょうか。

そして明治時代は極端な官僚主義国家でありながら、汚職が極めて少なかったといいます。700年の武士というものがつくり上げた清々しい倫理観は、明治への最大の遺産となり、いまも一部の気持ちの良い日本人たちに引き継がれています。

人はどう行動すれば美しいか、ということを考えるのが江戸の武士道倫理であろう。人はどう思考し行動すれば公益のためになるかということを考えるのが江戸期の儒教である。この2つが、幕末人をつくりだしている。幕末期に完成した武士という人間像は、日本人がうみだした、多少奇形であるにしてもその結晶のみごとさにおいて、人間の芸術品とまでいえるように思える。(『峠』あとがき)

これからの日本人の倫理観

 司馬氏は以下のように言います。

今後の日本は世界に対して、いろいろなアクションを起こしたり、リアクションを受けたりすることになる。そのとき、「名こそ惜しけれ」とさえ思えばよい。ヨーロッパで成立したキリスト教的な倫理体系に、このひとことで対抗できる。(『司馬遼太郎全講演』)

海外で仕事をする時、日本人が誇れるものの一つに倫理感があります。
まじめ、誠実、うそをつかない、相手の名誉やメンツにも配慮できる。

思い出すのは日露戦争で旅順要塞を攻撃した後「水師営の会見」で乃木希典の言動です。海外のメディアの前にロシアのステッセル将軍を晒すことを拒み、友人となった後の一緒の写真のみ許したという話。そしてその振る舞いは世界中で称賛を受けます。

こういった素晴らしい倫理観を引き継ぐ我々日本人は、これからもこの精神を大事に受け継いでいくべきではないでしょうか。

【Business】スマートフォンに見るデジタル化

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デジタル化の話をするときに、わかりやすい例としてスマートフォンを題材にすることがあります。今、スマートフォンで何ができるのか?なかった時どうしていたのか?

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音楽

スマートフォンで好きな曲をダウンロードしてイヤホンやスピーカーをつないで聞くことができます。昔はこうです。レコードショップに行ってレコードを購入し、家になるレコードプレーヤーに針を落として聞く、そうそう蓄音機の時代もありました。アナログレコードの時代です。それをカセットテープに録音することで音楽は屋外に飛び出します。またレコードはお店にあるジュークボックスというレコードがたくさん入る機械で好きな曲を選んで聴くこともできました。

そして、デジタルの時代のさきがけとしてコンパクトディスクが登場します。いわゆるCDですね。アナログレコードと異なり、音質が劣化せず大きさもコンパクトになりました。まずそこでデジタルがアナログの世界を破壊します。今盛んに言われるディスラプション、まさにデジタルディスラプションが始まります。その後MDが出て今に至ります。ほとんどの人がスマートフォンで音楽を聴くようになりました。その結果、アナログレコード、CD、MDの市場はほとんどなくなります。

カメラ

今のスマートフォンはすばらしく綺麗な写真が撮影できますね。最新の機種にはあの薄い筐体に3つもカメラが備わっています。私のような素人カメラマンはもうそれで充分。昔はどうだったでしょう。今でもプロのカメラマンが抱えている一眼レフカメラと見た目は同じ形のカメラを持ち歩いていましたね。フィルムカメラです。一本24枚撮影できるフィルムをカメラの中に装着して、取り終えると現像してもらいます。数日かけて撮影した写真を待ちます。よく失敗写真があって凹んだものです。フィルムも現像代もそこそこかかりますからそんなに何枚も写真を撮ることはありませんでした。そして登場するのがデジタルカメラです。フィルムではなくメモリーカードに記録してくれます。その場で確認したり削除したりと画期的かつ革新的なことでした。最初はフィルム写真に比べて画質が劣っていたものの半導体技術などの急速な発展であっという間にカメラの世界を席巻してしまいました。私も何機種もデジカメを買い替えてたくさんの思い出を残しました。そしていつのころからか、デジカメを持ち歩かなくなります。スマートフォンで撮った写真で十分満足できるレベルになったからです。音楽同様、フィルムカメラ→デジタルカメラ→スマートフォンの流れ。

いかがでしょう、もちろんこれだけではありません。
スマートフォンでできること。

電話
テレビ
新聞

雑誌
マンガ
ゲーム
地図
時計
万歩計
財布
百貨店
電卓
家計簿
メモ帳
住所録
カレンダー
キャッシュカード
ポイントカード

まだまだありそうです。

まとめ

デジタル化の怖いところは仕事が無くなることです。全部もっていかれてしまう。しかし無くなる市場・ビジネスがあるということは、それに代わる新しい価値が生まれているということです。これからはそういったデジタル化の波に乗ったり流されるのではなく、波を起こす方になれるチャンスの時代だと捉えています。その方が楽しいでしょう。チャンスはたくさんあり、たくさんの企業や起業家がチャンスをつかもうと活動している時代。私も探してみたいと思います。

【word】「三島由紀夫」50年目の青年論より

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青年はどんな時代だってバカだ・・・
・・・バカではあるけれど、
あいまいな状態で考えた思考は後になって必ず役に立つ・・・

NHKスペシャルを見た備忘録です。

過激な言動、衝撃的な死というマスコミから受けるイメージで、軍国主義の文化人というレッテルを貼られた「三島由紀夫」

読書をあまりしない私は確かにそういうイメージが強いです。というか、そのイメージしかありません。そんな三島由紀夫ですが、現代の若者が彼に惹かれるそうです。彼の生きた時代や彼のアイデンティティが現代の何かと繋がるのでしょうか。

「命売ります」という三島由紀夫の本が5年前から突然売れ始めました。これは異例なこと。私も読んでみたくなり早速オーダーしてしまいました。ここから↓

三島由紀夫という人間

若いころから精神と肉体の強烈なコンプレックスを持っていたといいます。いわゆる病弱な体質ですぐに病に伏せてしまう若いころ。戦中、20歳で召集令状が届き、父母に対して遺書を書いて戦地に赴こうとした矢先に病気で戦地には行かず。

「仮面の告白」という世に出ることがなかった小説があります。自らの経験に基づく性的な葛藤が描かれており、自信が持てない自分、他人との違いに苦しむ三島由紀夫自身ともとれる内容。

「金閣寺」では、主人公が金閣寺を燃やして自らの命も絶とうとするものの、最後は「生きようと私は思った」

三島由紀夫は小説の世界で世に認められ、世界中で訳されノーベル賞候補にまで上り詰めます。しかし、受賞したのは川端康成。三島はノーベル文学賞を逃します。そのころから少しづつ変わり始めたといいます。

高度成長期に「盾の会」を結成し自衛隊に体験入隊を繰り返します。
戦争に行かず、生き残ったものの何も貢献していない自分

青年論へ

そういう生活の中で若者との対話を好みました。新宿「どん底」という行きつけのバーの元店主がその頃の三島についてそのように語っています。

早稲田大学での講演では、「社会と個人について」の質問に対して答える三島。
最初は社会は敵だった。だから文学の道を選び、文学で社会に認められたと。

東大の学生との対話の中で「若者の情熱を信じる」と語った三島由紀夫
根底まで考える 根底的な対話は必要だとも言っています。

三島由紀夫「青年論」

青年はどんな時代だってバカだ
これは自分のことえを考えて断言できることだが、
せんぜんバカなものなのだよ
ただ、
バカではあるけれど
あいまいな状態で考えた思考は後になって必ず役に立つ
そういう青年は
自分の考えを整理する段階に入れば
だんだんユニークな人間になる
ぼくはね、
青年を信用しないということは、
自分を信用しないということだと思う。

どんな社会でも、
青年は必ずオトナになるんですからね。

そして45歳で生涯を閉じる
その死は今も謎に包まれています。

【business】FXは楽しいけど、なかなか上手くいきません

数年前にFXを始めました。
為替が上がるか下がるか、刻々と変わる為替の上げ下げを予想して買ったり売ったり。
マカオのカジノで有名な「大小」みたいではないですか。
50%の確率で当たるんだからいろいろな情報をもとに売買すれば儲かるのではないかと思ったのですが・・・なかなかうまくいきません。

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買った通貨が上がらずに下がったしまったら、元を取ろうとして上がりそうなタイミングでまた買って、上がるかなと思ったらまだ下がり始めて・・・もう限界ってなるので、ロス増やさないように売ったらそこから上がり始めます。絶対だれか見てて意地悪をされているように逆に振れて行きます。
今度こそはと思ってもまた同じ繰り返し、3回くらいロスカット食らっています。

私ような素人は儲けている人のカモになっているのでしょうかね。そらでもギャンブル依存のようにやめられないのです。大金は注ぎ込まないよう注意しています。

わたしはこのLION FXでやっているのですが、慣れると使いやすくてお気に入りです。

やっていると傾向やコツがあるように思えてきます。当たる確率が高くなっているようにも感じるので、そのうち大当たりもあると期待して続けています。上がるか下がるかなのでマカオのカジノ「大小」みたいなものと認識しています。もちろん経済指標やその発表との相関があるので博打ではないですが、大いにその要素があると思っています。

【Business】多様性(ダイバーシティ)についての考察

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多様化の時代と言われています。
多様性を英語でdiversity(ダイバーシティ)と言います。多様な人材を積極的に活用しようという考え方のことです。 もともと社会的マイノリティの就業機会拡大を意図して使われることが多かったようですが、現在は性別や人種の違いに限らず、年齢、性格、学歴、価値観などの多様性を受け入れ、広く人材を活用することで、生産性を高めようとするマネジメントについていいます。企業がダイバーシティを重視する背景には、有能な人材の発掘、斬新なアイデアの喚起、社会の多様なニーズへの対応といったねらいがあり、海外やグローバル企業では30年以上前から取り組んでいるところもあります。

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昭和日本の画一された社会

日本の場合、特に昭和の高度経済成長期に活躍したのは、一定の大学を卒業した日本人男性が、ほとんど全ての日本組織で同じような考え方の下でリーダーシップをとってきたのではないでしょうか。経済界のみならず政界もメディアも同様です。育った環境も似ていて、ほとんど同じ価値観をもって生活してきているために、阿吽の呼吸で互いを理解することができて決断もできる。日本は昭和おじさんパワーで経済発展を遂げてきました。

その頃は、適齢期と言われる25歳くらいで結婚し、女性は退職して家事と育児に専念、50歳位までに子供は自立し、その後で親の面倒を見て・・・と会社生活と家庭生活に何かしら無理のない良いサイクルができていたように思えます。結婚、昇給・昇進、住宅ローン、学費、終身雇用、退職金、介護・・・

今の時代どうでしょう。婚期が遅くなり、未婚も増え、育児と親の介護と会社での働き盛りが重なったり、経済的に女性も仕事を続けることが当たり前になったり、昔社会問題として取り上げられた核家族化が当たり前になっています。給与は増えず、外国人は増え、終身雇用前提でもなくなってきました。まだまだ働ける元気な60歳定年で仕事を失い、社会は人材不足。何か歯車がかみ合わなくなっているのに一生懸命機械を動かして煙ふいて壊れそうな状態に見えます。

そこでダイバーシティ。

そうなんです、昔と違って様々な生活スタイルの人が、それぞれの事情を持って働いています。もちろん男性職場で女性を活用したいと思うこともありますが、そもそも女性がマイノリティだという考え方もおかしいのではないかと思います。女性は人口の約半分いるのでマイノリティではないですよ。私が注目したいのは例えばLGBTや発達障害の方です。そういうくくりもなんかしっくりこないのですが(特に障害というワード・・障害ではなく個性だと思っています)誤解を恐れずに述べると、マイノリティの方の発想やスキルが仕事、会社の経営に必要なのではないかということです。同じような人からは同じような考えしか期待できません。ある部分ものすごい偏差値を持っている場合があり、それを見つけて活かすのがこれからのダイバーシティ経営なのではないかと思います。

ダイバーシティの本質

 女性だとか、LGBTだとかハンディキャップとか若手だとか国籍でもありません。そういったくくりの言葉で表現するとわかりやすいだけで、ダイバーシティの本質は、いままで普通だと思っていた集団にそうじゃないという見方ができる人材をどんどん取り入れて活躍してもらうことではないでしょうか。これはハラスメントと深く関係していると考えています。人は異質なものを排除したがります。人種差別、いじめ、パワハラ、人間の本質からくるこういった行動を理性を持って賢くただすことが私のダイバーシティの解釈です。

【Business】なぜ働くのか?

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正直いって私は仕事をしたくありません。しなくても豊かに生きていけるのであれば仕事はしません。何年も仕事している中で、ふと疑問に思う時があります。

「なぜ、働くのか?」「なんのために働くのか?」

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答えは一つではないのでしょう。

―食べるため(生きるため)
―自己実現のため
―勤労は義務だから

他にも理由や動機づけはたくさんあります。

最初に私の現時点の答えを言ってしまうと、
第一に、「自分の成長と幸せのため」です。

条件があります。

「人と社会のためになっていること」
「お金を得られること」

すなわち、世のため人のために、楽しく成長しながらお金をいただける
それが仕事であったら都合が良すぎるでしょうか。言葉だけから受け取るとそうなのですが、それが理想であり、そうするためにはやはり努力や勉強、経験が必要です。重要なのはそれを誰かにやらされるのではなく、主体的に自分で追及していくことだと考えています。

努力はつらいもの、勉強は嫌なものではなく逆に考えます。幸せになるために必要な事だと思えば、辛くないし楽しいとすら思えるのではないでしょうか。

昔こんなことをいう上司がいました。
「仕事というのは苦しくて辛いからお金をもらえるのだ」

その時は、そういう考え方もあるのかと一旦受け止めましたが、後になって自分には合わない考え方だということにしました。成長のために自分から苦しむのをわかって選択するのは理解できますが、苦しみは強いられるものではないと私は考えます。100歩譲って愛情を持ってその苦しみの先に得られる大事なものがあるため意図的にする場合があるのかもしれませんが、今の時代は別のやり方で良いと思います。

よく「やりがい」を仕事に求めますが、やりがいは当人が楽しかったり、そこに自分の成長、Updateが感じられるからではないでしょうか。

マズローの欲求5段階という説があります。
それを仕事の動機に当てはめてみると以下のようになります。

(1)  生理的欲求    食べるため
(2)  安全の欲求    安定した暮らしのため
(3)  所属と愛の欲求  子供を育てるため
(4)  承認の欲求    認めらるため、尊敬されるため
(5)  自己実現の欲求  世のため人のため

いかがでしょう、レベルが上がるにつれ人として大きく、幸福度が高いといえるのではないでしょうか。

まとめ

仕事は自分の成長のために行うべきである。成長が感じられる仕事はやりがいもある。そしてその仕事は人や社会のためになっていて、その対価として豊かで幸せな暮らしができるお金を得られること。そしてその対価は成長に伴い大きくなる。お金が得られれば納税額が増え、それはまた社会貢献に繋がるということです。
成長しながら「論語と算盤」で「一隅を照らす」であります。

皆さんもそれぞれ自分にとって働く意味・意義を考えてみてはいかがでしょうか。
何か参考になれば幸いです

【misc】思い通りにいかないとき

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思い通りにいかない時がありますね。
私なんか50年うまくいかないことだらけ。

ほんと、世の中思い通りにいきません。仕事も人生もうまくいかないことだらけ。そのような時の気持ちのコントロールをどのようにすればよいのでしょうか。自分や周囲を見ると、その対処は人それぞれであるようです。

人のせいにする

娘が中学2年の時、娘は反抗期で何でも母親のせいにしていました。思い通りにいかないと癇癪をおこして母親に怒りをぶつける。母親は娘の面倒をずっと見てきましたから管理監督下にいる娘からすると理論的に間違ってはいません。朝寝坊すれば「なんで起してくれなかったんだ」お腹が空いたときにご飯ができていなければ「なんでまだご飯ができていなんだ」といった具合に自分の思い通りにいかないことがあるとすぐに母親に怒りをぶつけます。母親は命を削って自分を育ててくれていると理解するのはずっと先なのでしょう。

仕事でもそんな人いませんか? 
私は悪くない、誰かが悪い。
反抗期の「ママが悪い」と同じ人

仕事で期待通りの成果がでないとき、言われた通りやったので悪くありません。部下のスキルが低いから、上司の指示が悪いからなど、そんな言動を散々見てきました。私の感想は、「かっこ悪!」 子供と同じじゃないか・・・

なぜ成果を出せなかったのでしょうか。責任転嫁先の人のポテンシャルを最大限活かす環境になっていたでしょうか? 内容の理解は十分だったでしょうか。また悪いと思う人のことを十分に理解していたでしょうか。人は自分と同じではないのです。自分の関わり方が違っていたら、もしかするとその人は期待以上に成果を出したのかもしれません。

道具のせいにする

野球をやっていて打てない時にバットのせいにする、守備でエラーした時にグローブのせいにするなどということはあまり聞きませんが、そう思いたい時もあるでしょう。色々なスポーツで道具は重要なアイテムです。道具の違いによって成績が左右されることもあるでしょう。プロの世界やオリンピック選手は道具の選定や投資もそのレベルに応じたものになります。

仕事でも道具は重要です。これを見ている人はパソコンで仕事している人も多いでしょうが、パソコンも仕事の内容に伴いそれなりのスペックが要求されます。またパソコン上で動作するシステムも道具です。そんな道具が一日に何度も停止してしまったり、操作通りに動かなかったら、予定通り仕事ができなかったら、道具のせいにしたくなりますね。

私の責任ではない、道具が悪いからダメだったと。

仕事で与えられる道具は会社で支給される場合がほとんどでしょうから、そういった言い訳は通るかもしれません。でも、それで仕方ないということで良いのでしょうか。プロであれば、せめて自分の道具については勉強して何が自分に合った道具なのか提案できるくらい努力すべきなのではないかとも考えます。冒頭で触れたトップアスリートはどうでしょう。勝つために道具についての知識も豊富で自ら拘って選んでいると推察します。私はこう思います。

「それがプロである」

反省する・・・うまくいかない原因は常に自分

小さいころ、悪いことをすると怒られました。子供ですから、
「だって、・・・が・・・だったんだもん」
と一生懸命怒られないように食い下がりますが、
「言い訳するんじゃない!」と一喝 
当時は ばちーん! と愛の鞭が飛んできました。

怒られているのに、自分が悪いことをしている自覚が無く、ただ怒られたくないと思って逆効果になることをするのですね。きちんと事実を認めて、理由を自分なりに説明すればよかったのかもしれません。今思うと、人のせいにしたり、物のせいにするとかえって良くない方向に行っていたと思います。私が思うに、何かしら自分の中にうまくいかなかった原因があるはずだと思うのです。

この1年、久しぶりに仕事で思い通りにいかないことだらけでした。なぜなのか自分なりに考えているのですが、人のせいにしても道具のせいにしても「次どうする?」がないのです。自分の中の反省点を無理矢理にでも見つけてそれを改善する対策なり考え方の変更をしないと前には進まないのです。仕事も自分も。

やはり思い通りにいかない時、うまくいかなかった時は自分自身に厳しく反省を求めて、自らを変えていくことをお勧めします。

まとめ

思い通りにいかないのが仕事
思い通りにいかないのが人生
思い通りにいかないのは自分に原因があると思いましょう

自分の努力が足りなかったのです

思い通りに動いてくれない人がいたら、自分に求心力が無い、自分に魅力がないからだと思いましょう。思い通りに道具が機能してくれなかったら、それを選んだ自分の責任だと思いましょう。そう思うことで、自分はさらなる高みに成長できるのです。

【Business】「見える化」と”製造IoT”

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見える化とは

 見える化(Visibility/可視化)を行ったのに、何も効果を得られなかったという事業や会社の話をよく聞きます。

データベースに保存されているデータを報告書の如くグラフにして見せただけの「見える化」、製造現場の進捗を掲示しただけの見える化、どれも施策としては間違っていませんが見えたものを活用しなければ意味はありません。

  トヨタ生産方式の「見える化」の目的と効果について正しい知識を得れば「見える化」による効果は計り知れません。それは、人の行動を促し、その行動によって何かを変えて良くすることです。

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何を見るのか

(1)ムダ

製造でやるべきことを一言で表現すると「ムダ排」と私は言います。

徹底的にムダを無くせば、価値を付ける部分だけが残ります。製造の機能は価値を付加することですからその割合が高ければ高いほど生産性が高いといえます。では、ムダとは具体的に何を指すのか、製造現場にどのようなムダがあるのか? 「7つの無駄」が見えているでしょうか。現場の作業者はムダを理解していれば目の前のムダはいつも見えています。それだけでは見える化できているとは言えませんし、改善は進みません。作業時間・加工時間その他の時間の中で何パーセントが付加価値を付けている時間でそれ以外にどのくらいあるのか、まずはそれを「見える化」するのです。

(2)進捗

計画や予定に対してどこまで進んでいるのか、どの程度達成されているのか、問題は発生していないのかなどを「見える化」する必要があります。よく製造現場に掲示してある進捗掲示板が最もわかりやすい例でしょう。目的に対する自分たちの活動の今の状態を見ることができなければなりません。

(3)異常

異常とは、正常ではない状態のことを指します。手を打たないと問題が発生する場合や、目標未達となることが明確である状態です。異常を「見える化」するためには、まず、正常を定義します。その状態から外れた状態を異常として「見える化」するのです。

(4)ノウハウ

1人が見つけた改善ノウハウは、何もしないと限られた範囲でしか知られない限定された効果しか生まれません。
多くで共有できれば、それだけ効果は高くなります。そのために個人や職場が持っているノウハウを「見える化」して広い範囲に開示することが重要です。

見える化は何のために行うのか?

ずばりアクション(行動)です。しかもできるだけ早いアクションによってロスをミニマムにすることが最も重要な目的です。

具体的にどのようなアクションかというと、例えば進捗が遅れている場合はその日のうちに挽回するためのアクションをすぐにとることや、設備に異常が見受けられた場合は、早めにメンテナンスをしたり消耗品を交換したりするアクション。

ムダが「見える化」された場合、そのムダを無くすことをすぐにでも考えて対策するアクションや、良いアイデアやノウハウはすぐに展開できそうなところに同じノウハウを採用することもアクションです。これらは時間が経てばたつほど出るはずの効果を失うことになります。そのためにはアクションするのは管理監督者の指示ではなく、レベルによっては現場での判断でアクションを行うことも重要です。目的やムダなどの内容が明確に定義され意思統一された現場はこのような「管理レス」で正しいアクションと成果が出せるのです。

製造IoTで実現する本当の「見える化」

 設備や作業者からたくさんの情報がリアルタイムに取得できる今の時代、そのデータがまさに「見える化」可能であり「見える化」すべき情報ではないでしょうか。目的は同じであり、今までできなかったレベルの「見える化」を可能にするのが製造IoTだとも言えます。リアルタイムに設備や作業者の稼働情報、生産個数、進捗、環境、異常情報など様々な情報が取得でき、素早いアクションに繋がるデータ活用の仕組みができると、従来は翌月、翌日に結果を見て分析して、対策やアクションしていたことが、まさに当日の状態に応じて対策したり、予知・予防のアクションをしたりすることも可能です。デジタル化によるスマートファクトリーと言い換えることもできるでしょう。あくまでも下記1、2はセットで効果が出るのが、製造IoTです。

  1. エッジコンピューティング
    設備や作業者から情報を取得すること。対象や方法は多岐にわたっています。例えば設備から情報を取得する場合は、設備を制御しているPLCを直接ネットに接続して情報を取得する方法や、センサーで必要な情報を取得する方法
  2. データ活用(BI)
    取得したデータをアクションに繋がる形で表現すること、例えば閾値を超えた場合にアラートをだしたり、メール等でお知らせしたりすることもできる。さらにアクションを自動化したり、アクションが必要になる前段階の状態を予知したりすることで、さらなる生産性の向上や品質の改善、コストの削減を可能にする。

まとめ

 従来から製造現場の管理で有効だといわれている「見える化」について述べてきました。基本的な考え方は従来と変わらず、その目的をより早く達成するために、新しい技術としての製造IoT、道具として手段としての製造IoTを実現することで今までできなかったレベルの見える化とその効果を得られることでしょう。

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